上司を動かす7つの技術
――権限がなくても組織を変える人の仕事術
会社の中で仕事をしていると、「こうすればもっと良くなるのに」と思う場面が数多くあります。
新しいシステムを導入したい。業務フローを変えたい。会議を減らしたい。人事評価の方法を見直したい。新しいサービスを始めたい。
ところが、そこで必ず直面するのが、
「自分には決める権限がない」
という問題です。
組織である以上、最終的な意思決定権は上司、さらにその上の上司、場合によっては社長や役員会にあります。
そこで「上司が分かってくれない」「会社が古い」と嘆いて終わる人もいれば、自分には決定権がなくても、上司を動かし、結果として組織を変えてしまう人もいます。
この違いはどこから生まれるのでしょうか。
私は、仕事のできる人ほど**「上司をマネジメントする技術」**を持っていると思います。
もちろん、上司を操るという意味ではありません。
上司が意思決定できる材料と環境をつくり、自分より大きな権限を借りて組織を動かす。
今回は、そのための「7つの技術」を考えてみたいと思います。
技術① 「自分の正しさ」ではなく「上司の景色」から考える
最初に必要なのは、上司の立場から物事を見ることです。
例えば、経理担当者が新しいAIシステムを導入したいとします。
担当者からすると、
「月50時間の作業が削減できます。絶対に導入すべきです」
となります。
しかし、部長には違う景色が見えています。
「情報漏洩は大丈夫か」
「他の社員が使えるのか」
「費用対効果はどうなのか」
「今期の予算に入っていない」
さらに社長なら、
「それより今は売上対策が優先ではないか」
と考えるかもしれません。
ここで重要なのは、誰が正しいかではありません。見えている景色が違うのです。
したがって提案する前に、
「自分が部長なら何を心配するか」
「自分が社長なら何を聞きたいか」
を考える。
上司を動かす第一歩は、説得することではなく、相手の椅子に座って考えることです。
技術② 「感想」ではなく「数字」を持っていく
例えば部下が、
「今の会議は長すぎます。もっと短くしましょう」
と言っても、なかなか組織は動きません。
では、こう言ったらどうでしょう。
「毎週10人が参加する2時間の会議があります。10人×2時間×年間50回ですから、年間1,000時間を使っています。平均人件費を1時間4,000円とすれば、年間400万円相当です。まず3か月だけ60分会議に変えてみませんか」
同じ話でも印象はまったく違います。
「会議が長い」という感想が、「年間400万円」という経営課題に変わったからです。
上司は、感情では意思決定しにくくても、数字なら判断できます。
売上、利益、人件費、作業時間、残業時間、顧客数、解約率、ミス件数など、可能な限り数字に置き換える。
数字は、部下の意見を**「会社として検討すべき案件」**に変えてくれます。
技術③ 「どうしましょう?」ではなく選択肢を持っていく
上司を動かせない人ほど、問題だけを持っていきます。
「この業務、どうしましょうか?」
これでは、問題を上司に渡しただけです。
仕事のできる人は、
「3案考えました」
と持っていきます。
例えば採用がうまくいっていないなら、
A案:求人媒体を追加する――費用50万円、即効性あり
B案:紹介制度を導入する――費用20万円、時間がかかる
C案:採用条件を見直す――年間人件費は増えるが応募増加が期待できる
そして、
「私はB案を推します。理由は費用対効果です」
と自分の意見も付ける。
すると上司の仕事は、
「ゼロから考える」から「A・B・Cから選ぶ」
に変わります。
上司をマネジメントする人は、上司の意思決定コストを下げる人なのです。
技術④ 100点の承認ではなく「10点の承認」を取りにいく
新しい仕組みを導入するとき、
「全社で導入させてください」
と言えば、上司は慎重になります。
失敗したときの責任が大きいからです。
そこで、例えば16店舗を運営する会社なら、
「16店舗全部ではなく、まず2店舗だけで3か月試してみませんか」
と提案する。
仮に新しい予約システムなら、
2店舗でテスト
↓
予約率・キャンセル率・作業時間を測定
↓
効果があれば5店舗へ拡大
↓
最終的に全店舗へ展開
という流れにする。
これなら上司もYESと言いやすくなります。
改革を実現する人は、最初から100を取りにいきません。
10の承認を取り、結果を出し、それを30、50、100へ広げていく。
「小さく試させてください」は、非常に強い言葉です。
技術⑤ 上司のKPIに翻訳する
同じ提案でも、相手によって説明方法を変える必要があります。
例えばAIによる業務効率化を提案するとします。
担当者には、
「入力作業が楽になります」
でよいかもしれません。
課長には、
「一人あたり月5時間削減できます」
部長には、
「部署全体で年間600時間削減できます」
経営者には、
「年間600時間×人件費4,000円ですから、約240万円の生産性改善です」
と説明する。
内容は同じです。
しかし、相手の関心事に翻訳しているのです。
上司には上司のKPIがあります。
売上なのか、利益なのか、納期なのか、人員不足なのか、離職率なのか。
優れた提案者は、
「私はこれをやりたい」
ではなく、
「あなたが達成しなければならない目標のために、これが必要です」
という説明をします。
技術⑥ 反対意見を先に潰しておく
良い提案ほど、メリットだけを説明してはいけません。
例えば新しいクラウドシステムを導入するとき、
「便利になります」
「時間が減ります」
「生産性が上がります」
だけでは、経営者は逆に不安になります。
むしろ、
「問題点は三つあります」
と自分から言う。
「第一に情報セキュリティ。第二に社員教育。第三に既存システムとの連携です。それぞれについて対策を調べました」
ここまで準備している部下の提案なら、上司も安心できます。
上司が反対しそうなことを、あらかじめ紙に書き出してみるのです。
「社長なら何を反対するか?」
「部長ならどこを心配するか?」
そして、その答えを用意してから提案する。
これは営業と同じです。
優秀な営業マンは、お客様から反論されてから考えるのではありません。
反論を予測して商談に入ります。
社内提案も同じです。
技術⑦ 上司を「壁」ではなく「スポンサー」にする
最後が最も重要かもしれません。
直属の上司がなかなか動いてくれないと、
「部長では話にならない。直接社長に言おう」
と考えたくなります。
しかし、それで一度提案が通ったとしても、直属の上司との関係を壊せば、その後の仕事が難しくなります。
そこで発想を変えます。
上司を飛び越えるのではなく、上司を自分のスポンサーにするのです。
例えば、
「部長、この案を役員会で提案したいのですが、部長から説明していただけませんか」
と頼む。
あるいは一緒に資料を作る。
役員会では、
「この案については○○部長と検討してきました」
と説明する。
そして改革が成功したら、
「部長に後押ししていただいたおかげです」
と言う。
手柄を全部自分のものにする必要はありません。
上司にとってもメリットのある改革になれば、その上司は次から自分の提案を通してくれる強力な味方になります。
上司の権限を奪おうとするのではなく、上司の権限を借りる。
これが組織で仕事を進める知恵です。
「上司が動かない」は、本当に上司だけの問題か
ここまでを整理すると、「上司を動かす7つの技術」は次のようになります。
① 上司の景色から考える
② 数字を持っていく
③ 選択肢を用意する
④ 小さな承認から取る
⑤ 上司のKPIに翻訳する
⑥ 反対意見を先回りする
⑦ 上司をスポンサーにする
もちろん、これをすべて実践しても動かない上司はいるでしょう。
しかし、
「上司が分かってくれない」
と言う前に、一度考えてみる価値があります。
自分は上司の立場で考えただろうか。
数字を示しただろうか。
選択肢を用意しただろうか。
リスクを小さくしただろうか。
上司がYESと言いやすい状態をつくっただろうか。
ここまでやったうえで「NO」なら、それは仕方ありません。
しかし意外に多いのは、上司が意思決定してくれないのではなく、部下が「意思決定できる材料」を渡していないケースではないでしょうか。
権限よりも「影響力」を持つ人になる
会社には役職があります。
社長、役員、部長、課長、係長。
役職が上がれば権限は大きくなります。
しかし、本当に組織を動かしている人が、必ずしも最も役職の高い人とは限りません。
「あの人が言うなら一度やってみよう」
「彼が持ってくる提案はよく調べてある」
「彼女の提案なら社長に上げてみよう」
そう思われる人がいます。
その人が持っているのは、役職ではありません。
「信用」という名の影響力です。
そして信用は、一回の大きな成功でつくられるものではありません。
良い情報を持ってくる。
数字を調べる。
相手の立場を考える。
小さな約束を守る。
小さな成果を積み重ねる。
こうしたことの積み重ねによって、
「この人の提案なら聞いてみよう」
という信用が生まれます。
私は、これこそが組織の中で仕事をするうえで非常に重要な能力だと思います。
部下を動かすことだけがマネジメントではありません。
同僚を動かす。
他部署を動かす。
そして、時には自分より大きな権限を持つ上司を動かす。
自分には決定権がなくても、意思決定に影響を与えることはできる。
そして最後に、組織を変えたいと思ったときには、自分自身にこの質問をしてみてはどうでしょうか。
「上司が動いてくれないのか。それとも、自分がまだ、上司が動けるところまで仕事をしていないのか。」
この問いを持てる人が、役職に関係なく組織を動かす人になっていくのだと思います。
逆説的にいうと、このように上司を動かす部下を育てることが、上司の役割であり、こういう部下がたくさんいる組織は、自律的で、すばらしい成果を発揮できるのだ、と思います。
令和8年8月19日
アイネックス税理士法人
代表 川端雅彦
2026/08/19








