ゑびや大食堂の奇跡
そろばんからAIへ。老舗食堂が成し遂げたデータ経営の全貌
「150年続く老舗の食堂が、そろばんを捨ててAIを握った――。わずか7年で年商1億円弱から5億円へ、年間利益は150万円から10倍へ。職人の『勘と経験』という見えない仕事をデータ化し、徹底的に『見える化』したことで実現した、地方食堂の奇跡のバックヤードに迫ってみたいと思います。
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ご存じの方も多いと思いますが、三重県伊勢神宮の参道に店を構える「ゑびや大食堂」は、2021年にはマイクロソフト社のIT部門にいけるMVPを受賞するなど、今や世界からも注目されるこの老舗食堂も、ほんの10年前までは激しい競争の中で喘ぐ、どこにでもある地方の飲食店でした。彼らはいかにして、データという武器を手にし、現場の生産性と従業員の幸せを同時に掴み取ったのかを、現社長の小田島さんの著書「仕事を減らせ」を参考に、ご紹介します。
アナログからの脱却と最初の「一歩」
2012年当時、お店では食券とそろばんを使い、すべての売上を「紙の台帳」に手書きで記録していました。そこからビジネスのヒントを見出すことは不可能な状態だったため、婿社長の小田島氏は2週間で紙の台帳を廃止。まずはパソコンを購入し、Excelへ食券のデータを出力して手入力することから始めました。
しかし、手入力の限界を感じて自動収集ができるPOSレジの導入を志すものの、当時は資金がありませんでした。そこで、社長自ら高校生アルバイト2人とともに店外に「アワビの串焼きの屋台」を出店。そこで必死に稼いだ資金を原資にして、ようやく念願のPOSレジを導入し、データの自動収集基盤を整えました。これがアナログから脱却の初めの第一歩であったとのことです。
五感に頼らない、客観的な店舗状況のデータ化
社長はプログラミングやデータ分析をすべて独学で習得。「今日は人通りが多い気がする」「若い人が多い 気 がする」といったスタッフの主観を排除するため、店前にセンサーを設置して通行量を測定し「入店率」を割り出したり、画像解析によって来店客の性別やおおよその年齢層を推測したりする高度なデータ収集体制へと進化させていきました。
以前は仕入れもシフト管理もすべて「ベテランの勘と経験」という、他人には見えない仕事の進め方に頼っていました。そこへ過去の気象データや周辺の行事、購買データを掛け合わせた機械学習(AI)を導入。なんと、翌日の来客予測を高い精度(的中率9割超)で「見える化」する仕組みを構築しました。現場の生産性を高めるために「勘と経験」の仕事データ化と、需要の「見える化」の実現に成功したのです。
需要が可視化されたことで、始業時の朝礼で「今日は〇人のお客さんが来る。味噌汁は〇杯、漬物は〇皿必要」と明確な数字を厨房に指示できるようになりました。客数が分かっていれば無駄な米を炊く必要もなくなり、1時間単位の予測に合わせて仕込みや人員配置を最適化し、食材の廃棄ロスを大幅に削減。注文から料理が出てくるまでの待ち時間を従来の5分の1にまで短縮することに成功しました。
さらに、160席ある店内に卓上オーダー端末(セルフオーダー)を導入。接客スタッフが注文を取るために厨房とテーブルを往復する回数が劇的に減っただけでなく、注文データが直接厨房へ瞬時に飛ぶため、調理の開始がスムーズになり厨房内の動線も劇的に効率化されました。
その結果、ITやAIに任せられる部分は機械に委ねて徹底的に効率化し、従業員数を変えることなく、売上を1億円から約5億円に拡大。従業員1人あたりの売上は396万円から1400万円へと驚異的な跳ね上がりを見せました。
データに基づく多角化とヒット商品の開発
収集した顧客の属性データ(年齢・性別など)の分析や、購買タイミングの研究を重ねました。データセンター化した店舗の2階で日々分析を行い、それをもとに新しいメニューやこれまでにないお土産商品を次々と開発し、売上拡大を図っておられます。
加えて、POSレジ購入のために始めたアワビの串焼き屋台でもデータ分析を徹底し、「どういう商品がどういうタイミングで売れるか」を研究した結果、当初は年間1500万円ほどだった売上が、最終的にはアルバイト1人で年間1億円を売り上げるモンスター店舗へと成長しました。
食堂だけに依存せず、お土産店、テイクアウトなど、データに裏打ちされた確実な事業拡大(多角化)に成功し、利益は10倍、今では年商12億まで跳ね上がりました 。
変化への恐怖と「想い」の共有
変革を推進しようとする企業の多くでも見られる通り、最初は伝統を守る先代や古参の従業員から強い反発を受けました。
しかし社長は「店を良くしたい、みんなにより良い生活をさせたいという根底の想いは同じ。ただ皆、変化することが不安なだけだ」と気づき、愚直に「みんなの生活を良くしたい」という未来のビジョンを語りかけ、信頼を勝ち取りました。
まさに変革を目指すリーダーが、持つべき心がけと行動のお手本だと思います。
そして、これまでブラックボックスだった「店舗の現状」をデータで見える化したことで、無駄な作業が浮き彫りになり、地方の飲食店では極めて異例の以下のような労働環境を実現することができました。
残業なし
週休2日制
連続有給休暇15日間の取得
アルバイトの時給も最低賃金レベルの850円から1000円以上へ引き上げ
全額会社負担で、従業員の家族まで含めた総勢40人での社員旅行を実施
小田島社長は「データは過去の帰結であり、自分たちの状況を映す鏡である」と語っておられます。単なるIT自慢ではなく、見えない仕事を可視化し、無駄を省き、稼いだ利益をしっかり従業員に還元して生活を豊かにする。元々は厨房で調理人として働いていたスタッフが、効率化によって生まれた空き時間で勉強を経て「データサイエンティスト」として大活躍しているエピソードも、仕事のデータ化が生んだ、人の可能性を広げるDXの象徴と言えます 。
そして、こういった変革の動機の根本に「従業員の幸せを実現する。」というところに、何より共感し、自分をふくめ経営者はこうあらねばばらないと思った次第です。
令和8年5月15日
アイネックス税理士法人
代表 川端雅彦
2026/05/19



アナログからの脱却と最初の「一歩」





