「根回し」は悪なのか?
― 組織を動かすビジネススキルとしての社内政治 ―
「社内政治」と聞くと、多くの人がネガティブな印象を抱くのではないでしょうか。
根回し、派閥争い、権力闘争、足の引っ張り合い──。
確かに、こうした行為が組織の生産性を下げるケースは少なくありません。しかし、本来の意味での「社内政治」は、決して悪いものではありません。むしろ、組織を動かすための重要なビジネススキルと言えます。
海外でも「根回し」とほぼ同じ意味合いを持つ「バックステージ・ネゴシエーション」という言葉があります。これは舞台裏で、非公式なやりとりを通じ、建前を超えた本音のやり取りを行い、本来の目的を達成するための必要不可欠なプロセスとして認識されています。
企業という組織は、利害の異なる人々の集合体です。営業部門は売上拡大を求め、経理部門はコスト管理を重視し、人事部門は組織の安定を重視する。部門ごとに優先順位が異なるのは当然です。
このような状況の中で、組織の目標を実現するためには、単に「正しいこと」を主張するだけでは不十分です。関係者の利害を調整し、合意を形成し、組織を動かす力が必要になります。これこそが、本来の意味での「社内政治」なのです。
社内政治が必要な理由
ハーバード・ビジネス・スクールの研究によれば、企業の戦略の約70%は、組織内部の調整不足や合意形成の失敗によって実行されないと言われています。つまり、戦略の優劣以上に「組織を動かす能力」が重要なのです。
また、マッキンゼーの調査でも、組織改革が成功するかどうかは「公式な権限」よりも「非公式な影響力」に左右されるという結果が出ています。
組織は、単なる命令系統だけで動くわけではありません。人間関係、信頼、影響力といった要素が、意思決定に大きく影響するのです。
日本企業の強みでもある「根回し」
日本企業には、「根回し」という独特の文化があります。海外ではしばしば非効率と批判されることもありますが、実は非常に合理的な意思決定プロセスでもあります。
会議の場で初めて提案を出すのではなく、事前に関係者の意見を聞き、懸念を解消し、合意を形成しておく。その結果、会議では短時間で決定できる。これは、日本企業が長年培ってきた合意形成の技術と言えます。
例えば、新しいシステム導入を提案する場合を考えてみましょう。
もし会議で突然提案すれば、次のような反応が起こりがちです。
「コストはどうするのか」「現場の負担が増えるのではないか」「今の仕組みでも問題ないのではないか」
しかし事前に関係部署と話をしておけば、こうした懸念をあらかじめ解消できます。その結果、意思決定のスピードはむしろ速くなるのです。
「本音と建前」という高度なコミュニケーション
また、日本の組織文化には「本音と建前」という特徴があります。これも、単なる曖昧さではなく、組織を円滑に運営するための知恵と言えます。
例えば、会議の場で相手の提案を真正面から否定すれば、その人のメンツを潰してしまい、人間関係が悪化します。その結果、組織全体の協力関係が崩れてしまうこともあり、当初の目的を達成できずに終わってしまうことがあります。
そこで日本の組織では、次のような表現が使われます。
「非常に興味深い提案ですね。ただ一点だけ確認させてください」
「方向性は素晴らしいと思いますが、現場の負担について少し検討が必要かもしれません」
このように、相手の立場を尊重しながら意見を伝えることで、対立を避けながら議論を進めることができます。これは決して「遠回しな文化」ではなく、組織の関係性を維持しながら意思決定を行う高度なコミュニケーション技術なのです。
リーダーに求められる政治力
優れたリーダーは、単に能力が高いだけではありません。組織を動かす影響力を持っています。
米国の組織行動学者ジェフリー・フェファーは、著書『Power』の中で、リーダーに必要な要素として次の三つを挙げています。
- 信頼関係を築く力
- ネットワークを広げる力
- 相手の立場を理解する力
つまり、リーダーシップとは「人を動かす力」であり、その中には必ず政治的な要素が含まれているのです。
例えば、大きなプロジェクトを推進する場合、社長の指示だけでは現場は動きません。現場の理解を得ること、関係部署の協力を取り付けること、反対意見を持つ人の懸念を解消すること。こうしたプロセスを経て初めて、組織は動き始めます。
社内政治を健全に機能させるポイント
では、社内政治を「悪いもの」にしないためには、何が重要なのでしょうか。
ポイントは、目的を「個人の利益」ではなく「組織の成果」に置くことです。
そのために重要なことは次の三つです。
① 相手の立場を理解する
相手の部署や役職によって、見えている景色は異なります。まずはその立場を理解することが大切です。
② メンツを守る
人は、自分の立場が否定されると防御的になります。相手のメンツを尊重することで協力関係が生まれます。
③ 事前調整を行う
重要な提案ほど、会議の前に関係者と意見交換をしておくことが成功の鍵になります。
これらはすべて、組織を円滑に動かすためのスキルと言えるでしょう。
組織を動かす力を身につける
企業経営において、戦略を考えることは重要です。しかし、それ以上に重要なのは「戦略を実行する力」です。
どれほど優れた戦略でも、組織が動かなければ成果は生まれません。社内政治とは、決して陰湿な権力争いではありません。利害の異なる人々を束ね、共通の目標に向かって組織を動かす技術なのです。
言い換えれば、それは「組織を動かすリーダーシップ」とも言えるでしょう。
今迄も、これからも、企業の競争力は「人と組織」によって決まります。だからこそ、ビジネスパーソンには、論理だけでなく、人を動かす影響力──すなわち健全な意味での「社内政治力」を身につけることが求められていると思います。
これらの延長線上にある「国際政治力」をトランプ大統領には、是非とも体得してもらいたいと思っている確定申告明けの私です!
令和8年3月16日
アイネックス税理士法人
代表 川端雅彦
2026/03/17








