税理士川端雅彦コラム

KAWABATA MASAHIKO COLUMN

2005年の終わりとはじまり

まもなく終わろうとしている2005年も、じっくり観察すると、すごく大きな節目の年なのではなかったのかと思います。

歴史を振り返ると、2005年から100年前というと極東アジアの弱小国日本が、当時の世界の最強国ロシアを破り、世界を「あっ」と言わせた年です。

日本の勝利は、インドをはじめとする欧米列強に支配されるのが当たり前である「アジア諸国」に対して、大いなる勇気を与えた年なのです。

そして、終戦から60年目の年でもある。とりわけ今年は、小泉首相の靖国参拝に伴い、日本人にとって、戦後の総括を余儀なくされた年でもありました。
 靖国参拝に賛否はあるものの、私は作為的に作られた「自虐的」な日本人感を問いただす契機になったという点では靖国参拝も評価できると思います。

さらに、50年前というと、戦後10年がたち、1955年体制(55年体制)ができた年です。

55年体制とは、政権政党である自由民主党と、批判はするが政権は取れない(あえて取らない)社会党がお互いを補完する「できレース政治体制」といえます。

1955年から1991年のソ連崩壊まで、社会主義、共産主義革命の可能性がわずかながらも存在していた「民主主義国 日本」が選択した当時におけるベストな体制であったのです。

そして、この体制を維持せんとする力が、政官財の鉄のトライアングル=利権の構造を生み出したのです。その象徴が田中角栄であったわけです。

前置きが長くなりましたが、2005年という年を一言で語ると、小泉純一郎という稀有の政治家が、この鉄のトライアングルを、まさに「中央突破」でぶっこわした記念すべき新しい日本創造の年と言えるのではないでしょうか。

8月8日の郵政民営化法案が参議院で否決された結果を踏まえ、小泉純一郎がとった行動はまさに首尾一貫しています。

郵政民営化というテーマに絞込み過ぎたというものの、そもそもそれが自分の公約なのだからそれを曲げさせる反対勢力は「排除する」という極めてわかりやすく訴えかけたのです。

一点による中央突破であったわけです。

田中直毅氏の言葉を借りるなら『政策、政党、首相選びという一気通貫した政治手法を確立したという点で、新しい2005年体制が始まったのではないか』ということです。

つまり
    「政策:構造改革=郵政民営化」
    「政党:自民党(反対した人は公認しません。)」
    「首相:背水の陣を引いた小泉純一郎」

という非常にわかりやすいメッセージを国民に提示したのです。

しかし、このような政治手法で、次の世代まで改革が進むことを保証できるでしょうか?

ターミネーターという映画の中で、やっつけてもやっつけても生き返ってくる「サイボーグ」をご存知の方も多いことでしょう。

小泉首相がぶっこわした政官財のトライアングルは、このサイボーグみたいなもので、やっつける人がいなくなったとたんに生き返るかもしれないのです。

では、どうすればこのサイボーグを永遠に葬り去る事ができるのでしょうか?

私は、そのためには民主党が政権を担える力をつけることなのだと思います。

利権ではなく「政治手法」が2005年体制の草創なのであるとするならば、例えば自民党がするその政治手法でなく、他の政党がするその政治手法のほうが「ベター」であるという選択肢を、国民に常に提示する事が、必要不可欠なのだと思います。

このことに呼応するかのように、民主党は次の党首として若手の前原誠司氏を選びました。

前原氏は、代表選出馬にあたって、

「立候補に当たって、様々な党内グループの応援してもらう形は採らない。一人一人の議員に、党再生の思いを伝え、判断してもらいたと考えたからです。」と述べ、さらに

「もう一つは、選挙で代表に選ばれなければならないという点です。自分が代表になりたいなら、選挙ではなく無投票で選ばれる方が楽だと考えるかもしれません。
 しかし、私は大敗後の党運営の難しさを考えたとき、仮に自分が選ばれなくても、選挙という形を採る事によって代表というポジションに国民から見て正当性を与えなければならないと確信しました。」と述べ菅さんに出馬を要請しています。

つまり、自分の政治理念を貫くために「特定の利権集団」による圧力を排除することを民主党内外にきちんと示したわけです。

そのためには、民主党が分裂しても「政策、政党、時期首相候補」を一気通貫するのではないかと思います。

このように、ターミネーターが復活してきたら、自民党では駄目だから民主党に次の政権を委ねようと、思える安心感と信頼が形成されることが、改革を完遂することを保証するのではないかと思います。


あと1、2年で日本の平均年齢は50歳ぐらいになります。平均年齢が50歳となると、変わろうとする意欲が急速になえたでしょう。

そういう意味で、今年2005年は日本が変わることができる最後の年であったように思えてなりません。

あと5年たっていたなら「飛び降りられない高さ」まで登っていたことでしょう。

そう思うと、小泉首相に大いなる拍手を贈りたいと思います。

大晦日に、2005年とは、そんな大きな節目の年ではなかったのかと思いながら、酒を飲んでいる私でありました。

来年もどうぞよろしくお願いします!

京都・大阪の税理士ならアイネックス税理士法人

2005/12/31

  • 雑感

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