【裁決事例分析】令和8年1月~3月分の公表裁決(裁決事例集No.142)を読む
私は以前、国税不服審判所で国税不服審判官として3年間勤務しました。
その経験から、裁決事例・裁判例の分析は、税務判断を行う際や税務リスクを測る際の重要な「物差し」の一つだと考えています。
納税者の主張が退けられた事例も、決して「死んだ事例」ではありません。どのような事実や証拠で結論が分かれたのかを知ることは、同じ轍を踏まないための生きた教材になります。
今回は、国税不服審判所が公表した令和8年1月分から3月分の裁決の一部を簡単にご紹介します。
1. 令和8年1月〜3月 公表裁決の簡易分析と実務への活かし方
今回の公表裁決の中から、皆様の税務実務に直結する4つの注目事例をピックアップしました。
【事例1】セット商品の仕入否認
➔ 客観的証拠で「家事関連費」否認を覆した事例(令和8年1月14日裁決・納税者勝訴)
- 概要:
- ネット通販業者が現行品と限定品をセット仕入れした際、納品書に明細がなかったため、当局から「限定品は私的収集(家事費)であり、仕入全額が区分不能な家事関連費だ」として否認されました。
- しかし審判所は、過去のWebサイト掲載履歴や取引先の証言等から、販売・交換目的の仕入れであったと認め、原処分を取り消しました。
- 実務のポイント:
- 領収書等の不備があっても、Webの履歴や取引先の証言など「客観的証拠」を収集・立証できれば、当局の否認を覆せることを示した事例です。
【事例2】副業・個人業務の連年赤字
➔ 事業所得と認められず否認(令和8年2月6日裁決・納税者敗訴)
- 概要
- 高額な役員報酬を得ている個人が、別に行う講演・執筆等で年間1,000万円超の経費を計上し、赤字を給与所得と損益通算して申告しました。
- 審判所は「本業の役員業務とは別個に判定すべき」とし、単体で継続的・安定的な収益見込みがないため雑所得に該当すると判断しました。
- 実務のポイント:
- 「本業で稼いでいるから」といって副業の事業性が認められるわけではありません。 単体での「収益性や事業の実体」がない連年赤字の損益通算は、非常に強い否認リスクを伴います。この手の節税は税務系のドラマでも取り上げられたことから調査の選定に入りやすい事案といえます。
【事例3】調査拒否・帳簿不提示による推計課税 ➔ 当局の計算ミスを突き減額(令和8年2月9日裁決・納税者一部勝訴)
- 概要
- 税務調査を拒否し帳簿を提示しなかった納税者に対し、青色申告取消と推計課税(同業者所得率の適用)が行われました。
- 青色取消自体は適法とされたものの、審判所の職権審理により、当局が選んだ「類似同業者」の中に条件が合わない事業者が混入していた計算ミスが判明し、更正処分の一部が取り消されました。
- 実務のポイント
- 調査拒否は調査対応としては悪手だと思いますが、万一推計課税をされた場合でも、「当局が使った類似同業者の選定基準や集計計算」を厳密に検証することで、課税額を減少させられる可能性があることを示しています。
- 【事例4】売上除外と家族への虚偽伝達 ➔ 重加算税と7年遡及の適用(令和8年3月4日裁決・納税者敗訴)
- 概要
- 口座振込の売上を大幅に除外していた事業者が、「申告を作成する妻へ誤った金額を伝えただけの単なるミスだ」と主張しました。しかし審判所は、通帳で容易に金額を把握できたにもかかわらず過少な数字を伝えた行為は「隠蔽・仮装」に当たるとし、重加算税および7年前までの追徴を認めました。
- 実務のポイント:
- 通帳でわかる売上の除外や、集計担当者へ偽りの数字を伝える行為は「集計ミス」とは認められず、重加算税や7年間の遡及課税という非常に重いペナルティに繋がります。
2. 知っておきたい「公表裁決」と「非公表裁決」の違い
国税不服審判所は、先例となるような裁決を選んで「裁決事例集」として公表しており、これらはホームページで全文を自由に閲覧できます。
しかし、公表されるのは裁決全体のごく一部で、大半は非公表裁決です。非公表裁決は、情報公開法に基づく開示請求を行わなければ見ることができず、開示されても個人情報等は不開示(いわゆる黒塗り)となります。ただ、非公表裁決の中に、手元の案件と事実関係がよく似た事例が見つかることも少なくありません。
3. 非公表裁決を活用したい場合の手続き
「自社のケースに似た非公表裁決がないか調べたい」という場合は、以下のような流れで裁決書を入手することができます。
- 裁決要旨の検索: 国税不服審判所のウェブサイトにある「裁決要旨検索システム」や専門的な税務データベースを使い、関連するキーワードや勘定科目で過去の要旨を検索します。
- 情報公開手続き(開示請求): 目的の裁決が見つかった場合、行政機関保有情報公開法に基づき、国税不服審判所に対して情報公開請求を行います。
- 裁決書の閲覧・入手: 個人のプライバシーや企業秘密に該当する部分がマスキング(遮蔽)された状態で、裁決書の全文を取得・閲覧することができます。
<おわりに>
今はAIが進歩し、裁決文をすべて読まなくてもプロンプト一つで事例の要約や分析が短時間で行うことができるようになりました。そういう意味で納税者の読むハードルは下がりつつありまると言えます。
裁決事例や裁判事例は、税務調査の場面だけでなく、日々の申告判断のリスクを測る物差しとしても大いに役立ちます。何か税務判断に迷ったときは一度国税不服審判所のHPを覗いてみて下さい。
資産税部 野又 崇
2026/10/27
- 税務・会計について








